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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)2302号 判決 1979年3月16日

控訴人(附帯被控訴人、第一審被告兼反訴原告)飛島建設株式会社

控訴人(第一審被告)黒谷兼介

被控訴人(附帯控訴人、第一審原告兼反訴被告)表具吉一

主文

一  本件控訴及び附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

控訴人飛島建設株式会社は被控訴人に対し一〇万円及びこれに対する昭和四七年二月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人黒谷兼介は被控訴人に対し七一一万六六七四円及びこれに対する昭和四六年二月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人の控訴人飛島建設株式会社に対するその余の本訴請求及び予備的請求(当審での拡張部分を含め)、控訴人黒谷兼介に対する本訴請求及びその余の予備的請求(当審での拡張部分を含め)をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、本訴(附帯控訴を含め)・反訴を通じ、第一、二審とも、被控訴人と控訴人飛島建設株式会社との間では同控訴人に生じた費用の一〇〇分の九九を被控訴人、その余を各自の各負担とし、被控訴人と控訴人黒谷兼介との間では同控訴人に生じた費用の五分の一を被控訴人、その余を各自の負担とする。

三  この判決は被控訴人の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴人(附帯被控訴人)飛島建設株式会社(以下控訴会社という。)代理人は、「原判決中控訴会社の敗訴部分を取消す。被控訴人の控訴会社に対する請求を棄却する。(予備的反訴請求として)被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という。)は控訴会社に対し別紙物件目録記載の土地の引渡を受けた後同土地を引渡せ。本件附帯控訴を棄却する。訴訟費用は本訴(附帯控訴を含め)・反訴を通じ第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに土地引渡請求部分につき仮執行の宣言、控訴人黒谷兼介代理人は、「原判決主文第二項を取消す。被控訴人の控訴人黒谷に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、被控訴人代理人は、「(附帯控訴として)原判決中被控訴人の敗訴部分を取消す。控訴会社は被控訴人に対し一〇〇万円及びこれに対する昭和四七年二月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。本件控訴を棄却する。訴訟費用は本訴(附帯控訴を含め)・反訴を通じ第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決(但し、控訴会社に対する土地明渡請求の対象土地の表示を別紙物件目録のとおり訂正し、控訴人らに対する予備的請求を「控訴人らは各自被控訴人に対し一八七〇万円及び内七七四万円に対する昭和四六年二月一六日から同五三年六月二八日まで、右一八七〇万円に対する同月二九日から完済まで各年五分の割合による金員を支払え。」と拡張した。)を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(但し、原判決三枚目裏四行目の「土地(以下本件溜池という)は、」の次に「もと控訴人黒谷の所有であつたが、」を、同五枚目表末行の「第(一)」の次に「項中本件溜池がもと控訴人黒谷の所有であつたこと、被控訴人が控訴人黒谷から神戸市長田区長田天神町六番畑三反七畝四歩の内約四〇〇坪を買受けたことは認め、第(一)項のその余の事実及び第」を各挿入し、同五枚目裏三、四行目の「、被告会社が本件溜池を占有している点」を削除し、同五枚目裏一二行目の「否認する。」の次に「控訴会社は、神戸簡易裁判所昭和四六年(ト)第二〇号事件の仮処分決定がなされる前の同年一月二〇日に控訴人黒谷から本件溜池を買受けて、その所有権を取得したから、直ちに被控訴人に対し本件溜池の引渡を請求しえたものであつて、損害賠償義務を負担すべきいわれはない。また、被控訴人の損害賠償請求は占有回収の訴の内容をなすもので、民法二〇一条三項(除斥期間)の適用があり、本訴は除斥期間経過後になされた失当のものである。」を、同八枚目表一行目の「本件溜池」の次に「について控訴会社に所有権移転登記が経由された昭和四六年二月一六日当時の同土地」を各挿入する。)から、ここにこれを引用する。

(控訴人らの主張)

1  控訴人黒谷は被控訴人に本件溜池を売渡していない。すなわち、控訴人黒谷は昭和二四年ごろ本件溜池が自己の所有であるという意識がなく、これを売渡す筈がない。控訴人黒谷は同年五月七日ごろ被控訴人に神戸市長田区長田天神町三丁目六番畑三反七畝四歩の内約四〇〇坪(以下畑地という。)を売渡したが、本件溜池はその売買物件には含まれていない。そのとき作成された売買契約書(甲第四号証)には売買物件として本件溜池の表示はなく、これと同時に作成され、本件溜池が売買されたことを明示する測量図もない。甲第一、第七号証は畑地売買契約の後に作成されたものであり、作成目的、経緯が不明で、その標題からして売買契約の内容となるものではなく、これを根拠に本件溜池が売買されたと認めることはできない。また、被控訴人は、その主張の売買日時から約二〇年もの間本件溜池につき所有権移転登記を経由せず、放置していたこと等から考えて、被控訴人が控訴人黒谷から本件溜池を買受けた事実はなかつたというべきである。

2  被控訴人は昭和二四年五月七日ごろ控訴人黒谷から本件溜池を買受けたとしても、控訴会社はそのことを知らないで、同四六年一月二〇日控訴人黒谷から本件溜池を買受けた。すなわち、控訴会社の社員は、昭和四五年六月初め本件溜池の所有者は被控訴人であろうと考え、造成工事請負契約締結のため交渉したが、その後控訴人黒谷が登記簿上の所有者であることが判明したので調査したところ、控訴人黒谷からは「本件溜池を被控訴人に売渡したことはない。」旨の説明を受け、他方被控訴人は、本件溜池は自己の所有であると述べるのみで、売買契約書等の提示をしなかつた。そこで控訴会社は登記簿を信頼し、控訴人黒谷から本件溜池を買受けたものである。

3  控訴会社は背信的悪意者ではない。すなわち、

(一) 控訴会社が本件溜池を買受けた当時被控訴人が同土地の所有者であると確信しうる状況ではなかつた。

(二) 控訴会社は、本件溜池を買受けるについて、控訴人黒谷に積極的に働きかけたことはない。控訴会社は昭和四五年七月二五日控訴人黒谷との間で本件溜池の造成工事請負契約を結んだところ、被控訴人が同四六年一月ごろ本件溜池に建築資材を搬入し、造成工事妨害の挙に出たので、控訴人黒谷が控訴会社へ売買を申込み、控訴会社がこれを承諾して売買するに至つたものである。

(三) 控訴会社は本件溜池を代金九九万四〇〇〇円で買受けたが、これは近隣地の取引事例に照らして相当な価格である。

(四) 被控訴人が本件溜池の所有権移転登記を経由しなかつたことにやむをえない事由はなかつた。

(五) 控訴会社は、本件溜池付近一帯の約三万坪の土地の所有者からの申込に応じて住宅(夢野)団地造成工事を施行したものであり、本件溜池の売買はその一環として行なつたもので、その目的、動機において反倫理性、不法性はない。

(六) 被控訴人は昭和四六年一月ごろまで本件溜池の僅少部分を非継続的に占有していたにすぎず、同年二月には占有を失つて現在に至つている。

(七) 控訴人らは、昭和四六年一月二八日本件溜池の所有権移転登記の申請をし、同土地の登記済証がないため申請書に保証書を添付したところ、担当登記官は同日控訴人黒谷に対し不動産登記法四四条の二第一項所定の通知を発し、同年二月一六日控訴人黒谷から同条の二第二項の申出があつたので、同日をもつて登記申請書を受取つたとみなされたものである。控訴人らは、被控訴人が同月一五日に控訴人黒谷を債務者として本件溜池の処分禁止の仮処分申請をしたことを察知して、急拠その翌日である一六日にみずから右登記申請をしたものではない。

以上のとおり控訴会社が本件溜池を買受けるについてその目的、動機、態様に非難されるべき点はなく、反倫理性は存しない。

4  被控訴人主張の後記1の事実、被控訴人が本件溜池を所有していること、溜池の範囲が別紙物件目録のとおりで、これを控訴会社が占有していることは否認する。

5  同2の事実は争う。

(一) 被控訴人は控訴人らに対しその主張の不法行為後の昭和五三年六月の本件溜池の時価の損害賠償を請求しているが、被控訴人は昭和四六年九月ごろから財産状態が悪化し、同四七年八月一八日その所有にかかる畑地及び同地上の建物を他に処分し、そのころ同所から芦屋市内の借家へ転居しているのであり、控訴人らの不法行為がなくとも、本件溜池を右と同時に他に処分したことは確実であつたというべきであるから、被控訴人が本件溜池を現在に至るまで保有していることを前提とする損害額の算定は不当である。

(二) 昭和四六年ごろ以降一般に土地の価額が騰貴する傾向にあり、夢野団地付近の宅地の価額も控訴会社の行なつた造成工事を契機として急激に高騰したけれども、本件溜池は昭和四六年当時固定資産税も課されない程の安価なもので、地目、現況の点で宅地、山林と異質であつて、その後価額騰貴の程度を予見することは不可能であつた。

(三) 竹内昇太郎作成の鑑定評価書(甲第三七号証)は、本件溜池の価額を評価するに当り、大規模な住宅団地の一画の宅地の取引事例を用いていること、本件溜池が単独で宅地造成された場合に予想される劣悪な環境条件を考慮していないこと(五〇パーセント以上の減価をすべきである。)、造成費用を過少に見積つていること等の不合理な点があつて、これを基礎とすることは相当ではない。

(四) 前叙の諸点を考慮して本件溜池の昭和五三年一一月当時の時価を算出すると多く見積つても五九四万四一八六円を超えることはない。

6  被控訴人は、本件溜池について、その主張の売買後二〇年にわたつて所有権移転登記を経由することなく放置したこと等が控訴人らの本件不法行為及び損害発生の一因となつたもので、その損害賠償額の算定に当つてはこれをしんしやくすべきである。

(被控訴人の主張)

1  被控訴人は別紙物件目録及び図面記載の本件溜池を所有し、控訴会社は同土地を占有している。よつて、被控訴人は控訴会社に対し本件溜池の所有権に基づいて同土地の明渡及び占有開始の後である昭和四六年三月一日から明渡ずみまで一か月七〇九四円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

2  不動産の所有権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求にあつては、不動産が不法行為後も価額騰貴を続けた場合、予見可能性がある限り、騰貴した最高価額を損害賠償額としてその請求をしうるというべきである。ところで、本件溜池付近一帯は昭和四〇年代から神戸市長田区の山の手に位置する住宅区域に発展しつつあり、同四六年以降控訴会社によつて大規模な宅地造成がなされ、時価が急騰していたもので、本件溜池もその例に漏れず、同年三月一日にはその時価は七七四万円であつたが、同五三年六月には一八七〇万円に騰貴したものである。控訴会社は同四六年ごろから前記造成工事を行なつていた、土木建築を業とする株式会社であつて前記の本件溜池の時価騰貴を予見していたものであり、控訴人黒谷もこれを予見しえたというべきである。したがつて被控訴人は、控訴人らのした本件溜池の所有権移転登記、すなわち共同不法行為により本件溜池の所有権を喪失したことによつて右金額一八七〇万円相当の損害を被つたものである。そこで被控訴人は、予備的請求として、控訴人らに対し各自一八七〇万円及び内七七四万円に対する不法行為時(本件溜池の所有権移転登記が控訴人黒谷から控訴会社へ経由された日)である昭和四六年二月一六日から請求拡張の前日である同五三年六月二八日まで、右一八七〇万円に対する同月二九日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  控訴人ら主張の前記1の事実は争う。

4  同2の事実中、控訴人黒谷が登記簿上本件溜池の所有者であつたことは認めるが、その余は争う。控訴会社の社員は、昭和四五年六月以前に本件溜池の隣地の所有者であつた藤田達三らから本件溜池の所有者は被控訴人であると聞き、これを信じたからこそ同土地の造成工事請負契約を結ぶべく交渉に入つたものである。被控訴人は同人らに対し甲第一号証を示し本件溜池は自己が所有・占有していることを説明したが、控訴会社はこれを無視したものである。

5  同3の冒頭部分及び(一)ないし(七)の事実はすべて争う。

(一) 被控訴人は、昭和四五年五、六月に三回にわたつて(三回目は六月一八日)控訴会社社員から本件溜池について造成工事請負契約を結ぶよう交渉を受けたが、これを拒絶した。控訴会社は、夢野団地造成計画上道路用地として本件溜池を必要としたので、被控訴人が所有・占有していたことを熟知していたにかかわらず、登記簿上控訴人黒谷が所有者であつたことを利用し、所有の認識がなく、占有もしていなかつた控訴人黒谷と本件溜池について請負契約の交渉を急拠開始し、同年七月二五日これを結び、さらに翌四六年一月に極めて低額の代金でこれを買受け、所有権移転登記を経由したものである。

(二) 被控訴人は、昭和二四年五月から本件溜池を菜園、建築資材置場等として使用・占有してきて、同四六年一月ごろも建築資材を置いていたから、被控訴人は、右の事実だけからも、本件溜池の所有者であり、これを適法に使用しうる権利を有すると推定されていた(民法一八六条、一八八条)。しかし、控訴会社は、同月二九日、造成工事を行う目的で、被控訴人が控訴会社の同土地に対する占有を侵害したと虚偽の事実を疎明する資料を添えて、神戸簡易裁判所に仮処分申請し、仮処分決定を得、被控訴人の本件溜池に対する占有を侵害した。被控訴人は、右仮処分決定に異議を申立てたところ、控訴会社はその後の手続において仮処分決定が取消されることを慮ばかつて、違法な仮処分決定の維持を図るという不法な目的で控訴人黒谷から本件溜池を買受け、所有権移転登記を経由したものである。

以上のとおり、控訴会社の本件溜池の買受は、その目的、方法において背信性が顕著であつて、控訴会社は被控訴人の本件溜池についての所有権移転登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当らないというべきである。

6  控訴人ら主張の前記6の事実は争う。被控訴人は、昭和二四年五月当時から本件溜池は畑地に含まれると誤解していたため、その所有権移転登記手続を怠る結果となつたが、本件溜池の現況、甲第一、第七号証の図面からしてやむをえない点があり、被控訴人に過失があつたとはいえない。

(証拠関係)<省略>

理由

一  本件溜池はもと控訴人黒谷の所有であつたこと、被控訴人は昭和二四年五月七日ごろ控訴人黒谷から畑地を買受けたこと、控訴人黒谷は、昭和四六年二月一六日控訴会社に対し本件溜池につき神戸地方法務局須磨出張所受付第六九八六号をもつて同年一月二〇日売買を原因とする所有権移転登記を経由したこと、控訴会社は、同年一月二九日被控訴人を債務者として神戸簡易裁判所から「被控訴人は本件溜池に存置してある足場用丸太約四六〇本等建築資材を二日以内に除去すること、被控訴人は本件溜池に立入り、控訴会社の占有を妨害してはならない。」旨(主文)の仮処分決定(同裁判所昭和四六年(ト)第二〇号)を受けたことは当事者間で争いがない。

二  まず、被控訴人の主位的請求中の登記手続請求につき判断する。

1  前記争いのない事実、成立に争いのない甲第四ないし第六、第一七、第二九ないし第三三号証、乙第一、第一七、第一九ないし第二一、第三四、第三五号証、弁論の全趣旨によつて原本の存在を認めることができ、その成立に争いのない甲第二二ないし第二四、第三六号証、乙第一一、第一三(一部)、第一五号証、昭和四三年当時の本件溜池付近の写真であることが争いのない甲第九号証、同四六年二月六日の本件溜池付近の写真であることが争いのない甲第一〇ないし第一四号証、同年一月二二日の本件溜池付近の写真であることが争いのない甲第一六号証(三枚)、原審証人河本古治の証言によつて成立を認めうる甲第一、第七号証、原審証人藤田達三の証言によつて成立を認めうる乙第八号証、原審証人北野好保、同河本古治、同岡本和子、同藤田達三、同間瀬圭二、当審証人嶋崎全弘の各証言、原審・当審の被控訴人本人(原審は第一、二回)、控訴人黒谷兼介本人の各尋問の結果を総合すると、原判決理由第一の一記載の事実(原判決九枚目裏末行の「1、原告は、」から同一三枚目裏一行目の「されていないことを知るに至つたのであつた。」まで、但し次のとおり付加・訂正してこれを引用する。)を認めることができ、この認定に反する乙第一三号証、原審・当審の控訴人黒谷兼介本人尋問の結果は前掲各証拠に照らし信用しえず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)  原判決一〇枚目表一〇行目の「六番の二畑地四〇〇坪」を「六番畑三反七畝四歩の内約四〇〇坪(その後昭和二七年六月一三日に神戸市長田区長田天神町六番畑から分割された同市同区同町六番の二畑((同日宅地に変更))四一四坪、以下畑地という。)」と、同末行、同一〇枚目裏一行目の「原告は坪当り五、六〇円と言い、被告黒谷は坪当り一〇〇円と言い、」を「被控訴人は坪当り五、六〇円が相当と考え、控訴人黒谷は坪当り九〇ないし九五円と言い、」と各改める。

(二)  同一〇枚目裏一一、一二行目の「前記畑地の坪数につき坪当り九五円の値段で畑地」を「畑地の実測坪数について坪当り九五円の値段で畑地(その東側の同町四番の土地との境界を除き、現況上畑地の範囲は明確であつた。)」と、同一一枚目表一、二行目の「畑地の実測坪数に一坪当り九五円を乗じた金額」を「畑地の実測坪数四一四・五〇坪に九五円強を乗じた三万九五〇〇円」と各改める。

(三)  同一一枚目表一二行目の「本件溜池の旧土地登記簿による」から同一一枚目裏五行目までを「本件溜池の所在地番は昭和五年一〇月以前では神戸市長田字空髭四二番であつたところ、兵庫県告示昭和五年第六八五号をもつて同年一一月一日から同市長田区天神町三丁目四二番と改称され、さらに同県告示同一六年第二六一号をもつて同年三月一日から改称前の「神戸市長田村字空髭四二番」を同市林田区(その後長田区と変更)滝谷町一丁目と改称されたが、その経緯は不明である。他方、本件溜池の登記簿の表題部に明治三五年二月一日受付で所在地番が神戸市長田村字空髭四〇の二番(その後四二番と更正)と表示され、後に神戸市長田区瀧谷町一丁目四二番と表示変更された。」と改める。

(四)  同一二枚目表八行目の「被告黒谷、」から一〇行目の「預け置き、」までを「被控訴人の申出により、双方合意のうえで、当分の間これを見合わせることにした。控訴人黒谷は、昭和二七年六月一三日に前記六番畑三反七畝四歩から同番の二畑一反三畝二四歩を分割し、その分筆登記手続を終え、その元地である六番の一畑につき第三者に対して所有権移転登記を経由した。被控訴人は」と改める。

(五)  同一三枚目表一行目の「その当時家業」から七行目の「合つていた。」までを「毎年春から秋にかけて砂地部分の一部(数坪程度)で花を栽培し、物干場として使用して(原審証人大久保文子、同中本清、同藤田達三、当審証人能果の各証言に照らして信用しえない甲第二四、第三六号証、乙第一五号証、原審((第一、二回))・当審の被控訴人本人尋問の結果のほかは、被控訴人が昭和二四年以降同四五年一一月前まで本件溜池の砂地部分に建築資材を搬入し、その置場としていたと認めるに足りる証拠はない。)、昭和二四年五月ごろから同四六年一月ごろまで本件溜池の占有を続けた。」と改める。

(六)  同一三枚目表一〇行目の「昭和四六年一月ごろ」を「昭和四五年六月ごろ」と、同一二行目の「を知るに及んだものであり」を「について記憶を喚起し」と改める。

以上の事実によると、被控訴人は、昭和二四年五月ごろ本件溜池をその所有者であつた控訴人黒谷から買受け、その所有権を取得し、控訴人黒谷は、被控訴人に対しその所有権移転登記手続をなすべき義務があつたというべきところ、前記争いのない事実に前掲乙第一三号証、当審証人駿河幹雄の証言、原審・当審の控訴人黒谷兼介本人尋問の結果によつて成立を認めうる乙第五、第六号証、右証言及び尋問の結果を総合すると、控訴人黒谷は同四六年一月二〇日控訴会社に対し本件溜池を代金九九万四〇〇〇円(一四二坪として坪当り七〇〇〇円)で売渡し、同年二月一六日その所有権移転登記を経由したことが認められる。

2  そこで、被控訴人は控訴会社に対し登記なくして本件溜池の所有権を対抗しうるかにつき検討する。

前掲甲第一〇ないし第一四、第一六、第二二ないし第二四、第三二、第三六号証、乙第一、第五、第六、第八、第一一、第一三、第一五号証、成立に争いのない甲第一五、第一九ないし第二〇号証、乙第三、第四、第二五ないし第二七号証、乙第二八号証の一、二、乙第三〇号証の一ないし八、当審の駿河の証言、控訴人黒谷本人尋問の結果によつて成立を認めうる乙第二号証、前掲甲第二二号証、原審証人北野の証言によつて原本の存在及び成立を認めうる乙第一〇号証、前掲乙第一一号証によつて成立を認めうる乙第一二号証、前掲大久保の証言及び弁論の全趣旨によつて成立を認めうる乙第二二号証の一ないし九、前掲中本の証言によつて成立を認めうる乙第二三、第二四号証、前掲北野、大久保、中本、藤田、間瀬、駿河の各証言、原審・当審の被控訴人(原審第一、二回)、控訴人黒谷各本人尋問の結果、本記録中の控訴会社の商業登記簿謄本(二通)を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  控訴会社は、土木建築工事請負業等を目的とする資本額が昭和四六年当時三〇億円(後に五五億一二五〇万円に増資された。)の株式会社である。控訴人黒谷は戦後教員を経て画家となり、現在に至つている。

被控訴人は、昭和一六年に大学の理工学部建築科を卒業し、同二三年ごろまで建築会社に勤め、同二七年に建設大臣から一級建築士の免許を受け、建築設計、監理業務に従事してきたものである。

(二)  控訴会社は、昭和四四年以前に神有土地開発株式会社(以下訴外会社という。)からその株主らの所有にかかる神戸市長田区滝谷町(以下滝谷町という。)一ないし三丁目所在の山林等約四万坪の土地造成工事請負契約の申込を受け、そのころから現地の調査、造成計画の樹立、検討を行なつた結果、同四五年五月一二日これを承諾し、次の条項を含む請負契約を結んだ。すなわち、訴外会社は控訴会社に対し代金を造成後の土地の実有効面積の坪当り評価額六万五〇〇〇円をもつて換算した土地により支払う。代金支払の担保のために契約成立後三〇日以内に造成土地の所有権を移転する。控訴会社は工事完成後代金の代物弁済に充当する以外の残地(従前土地の二〇パーセント)の所有権を返還する。

訴外会社は、滝谷町所在の山林等の所有者らによつて、土地造成を目的とし昭和三八年ごろ設立され、株主の大多数は地主である。

(三)  控訴会社は、訴外会社の株主の所有する土地のほか、造成用地として、昭和四四年一二月一日道堯伝治から滝谷町二丁目八三番の一山林二反八畝を代金八二九万九二〇〇円で、同四五年五月一〇日林治一から滝谷町三丁目四六番山林二反五畝一九歩を代金四七三万一七〇〇円で、同年六月二五日田中晴夫から滝谷町三丁目五番の三山林一畝一六歩を代金五〇万円で各買受け、同年五月ごろ藤田達三の所有にかかる滝谷町一丁目一番等山林実測約一万三九〇〇坪余につき同人と造成工事請負契約を結んだ。

そのころには、控訴会社は、造成対象土地をほぼ確定し、造成計画を完成していた。

ところが、本件溜池は、藤田所有の前記山林に喰い込んだ恰好の、台形状の土地で、当時雑木の生えた傾斜地及び高さ二メートル強の土堤様の里道で周囲を画された荒地で、一部で花の栽培がなされていたにすぎなかつたことから、控訴会社の大阪支店の土木課長で、現場の事務所長であつた間瀬圭二は、造成土地の有効利用を図るべく、本件溜池を造成して道路用地とするのが望しいと判断した。間瀬は、昭和四五年六月初めごろ藤田大久保文子から、「本件溜池は被控訴人の所有で、その家人らが使用している。」旨聞き、二回にわたつて被控訴人方を訪れ、造成計画書を示して、造成に参加するよう求めたが、拒絶された。同じころ間瀬の部下である大杉薫が本件溜池の登記簿謄本を調べたところその所有者は控訴人黒谷とあつたので、同月一八日ごろ、間瀬、大杉の両名は登記簿謄本を携行して、被控訴人方へ赴いて説明を求めた。被控訴人は、「本件溜池は控訴人黒谷から買受けた。登記済であると思つていた。」と述べ、本件溜池付近の図面を示したが、間瀬らは納得するに至らなかつた。被控訴人は直ちに妻に控訴人黒谷に対し登記手続をするよう求めさせたが、控訴人黒谷は、「被控訴人に本件溜池を売渡したことはないから、登記できない。」旨返答した。他方、間瀬は、同様に控訴人黒谷に事情を聴いたところ、控訴人黒谷は、「本件溜池が自分の所有名義になつていることは知らなかつた。これを被控訴人に売渡したことはない。」旨明言した。

間瀬は、この調査によつても、本件溜池は控訴人黒谷か被控訴人のいずれの所有にかかるものかを判定しかね、控訴会社としては登記簿の記載に従い控訴人黒谷を所有者とみて以後の取引を行うことに決し、同年七月二五日控訴人黒谷と本件溜池につき造成工事請負契約を結び(内容は控訴会社と訴外会社間のそれと同一である。)、控訴人黒谷は同じころ本件溜池につき住宅地造成事業施行の同意をし、控訴会社はこれをもつて本件溜池の占有を取得したと判断した。

(四)  控訴会社は同年一一月に造成工事に着工した。ところが、被控訴人がそのころ本件溜池に丸太約四六〇本等建築資材を搬入したため、控訴人黒谷にその撤去手続をとるよう促したが、控訴人黒谷自身は被控訴人に対しその撤去を求める意思はなく、控訴会社にその解決を委ねる意図で本件溜池の売渡を申込み、控訴会社もその間の事情を了解して承諾し、同四六年一月二〇日代金九九万四〇〇〇円で売買する契約を結び、同月二八日所有権移転登記申請書を神戸地方法務局須磨出張所へ提出した。本件溜池の登記済証は現存しなかつたので、控訴人らは申請書に保証書二通を添付したところ、担当登記官は控訴人黒谷に登記申請のあつた旨通知し、控訴人黒谷から不動産登記法四四条の二第二項所定の申出があつた同年二月一六日付で右申請を受付け、登記簿に記載した。

(五)  控訴会社は、同四六年一月二九日神戸簡易裁判所に、被控訴人を債務者とし、本件溜池の占有権に基づく妨害排除請求権を被保全権利として、本件溜池からの物件除去等を求める仮処分申請をし、同日前記仮処分決定を得た。同日にその送達を受けた被控訴人は、これに従い同年二月一〇日ごろに物件の搬出を終えたところ、控訴会社は本件溜池の周囲に鉄線を張つて占有を取得し、その公示をした。

控訴会社は、同四八年に本件溜池を含む前記土地造成工事を完了し、本件溜池部分は、宅地、道路、道路法敷に変換され、道路部分は神戸市告示昭和五〇年第一四号によつて神戸市道滝谷町七号線と認定され、同年二月一二日から供用開始され、神戸市の占有・管理するところとなつた。

(六)  被控訴人は、同四六年二月一〇日神戸簡易裁判所の前記仮処分決定に異議申立をし、控訴会社はその後被保全権利として所有権に基づく妨害排除請求権を追加主張し、同裁判所は昭和五〇年三月一九日右請求権を被保全権利とする仮処分申請を認容すべきと判断して前記仮処分を認可し、控訴裁判所もこれを是認し(被保全権利は所有権に基づく返還請求か妨害予防請求権とすべきとした。)、確定した。

以上の事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

これらの事実によれば、控訴会社の大阪支店の土木課長間瀬は、藤田らの言葉によつて一度は被控訴人が本件溜池の所有者であると考え、客観的にはこれが事実に合致していたのではあるが、調査によつて右事実に疑問を懐き、結局登記簿の記載に従つて取引を行なつたことにはやむをえないものがあるというべきである。控訴会社が控訴人黒谷に本件溜池の登記簿を見せたことによつて、控訴人黒谷がその所有権の主張をするに至つたものであるが、控訴会社としては造成土地の有効利用を図るのが目的であつたから、当初は本件溜池の所有権取得を企図していたものではないし、被控訴人に対し財産上・精神上の加害意思があつたわけではなく、被控訴人が本件溜池に建築資材を搬入したことに端を発し、造成工事の施行を円滑ならしめるため、控訴人黒谷の意向もあつて、本件溜池を買受けるに至つたものである。その代金額は、坪当り(登記簿による。)七〇〇〇円であつて、後記認定の時価(坪当り約三万八六〇〇円)とは大きな開きがあるが、控訴会社が造成用地として買受けた土地の売買における代金額(坪当り六一五三円、九八八〇円、一万〇八六九円)とは大差なく、少なくとも右の当時本件溜池を他の土地と比べて不相当に廉価で買受けたとは認められず、この点で背信性が顕著であるとはいえない。控訴会社は、本件溜池の占有を取得していないのに、占有者であると主張し、疎明資料を添付して仮処分申請し、仮処分決定を得たこと等につき非難されるべき点がなくはないが、この仮処分申請は結局理由があるとして認容されて確定しているのであつて違法というに当らず(損害賠償請求については別論である。)、また、違法な右仮処分決定の維持を図る目的で、控訴会社は本件溜池を買受けたとの事実も認められない。被控訴人は、本件溜池は畑地に含まれていると誤解していたため、その登記手続を怠る結果となつたが、現況上畑地と溜池間には土堤様の里道があつて区画は明確であつたこと、被控訴人は控訴人黒谷から畑地に本件溜池をつけるから畑地を坪九五円で買つて欲しいとの申出を受けてこれを承諾したこと及び両土地の面積等に照らし、被控訴人の誤解ひいては未登記であつたことにやむをえない事由があつたとは認められず、この点に被控訴人に相当な落度があつたといわざるをえない。被控訴人は、本件溜池の所在は「神戸市長田区長田天神町三丁目四二番」であつて、控訴会社の本件溜池についての登記は登記官の過誤による無効のものであると主張するが、本件溜池の所在は「神戸市長田区滝谷町一丁目四二番」であつて、これにつき過誤があるとは認められない。

以上の事実にかんがみると、控訴会社は控訴人黒谷から本件溜池を買受けるに当つて、被控訴人、控訴人黒谷間の先行売買を知つており、悪意の第三者であるといわざるをえないが、売買の動機、目的、態様等に不法、背信性が顕著であるとはいい難く、被控訴人の登記の欠缺を主張しえない背信的悪意者であるとまでは認められない。

そうすると、被控訴人は控訴会社に対し本件溜池の所有権を主張しえず、他方控訴会社は確定的に本件溜池の所有権を取得したというべきところ、本件溜池は造成によつて道路等に変換され、神戸市道として供用開始されている事実並びに本件訴訟経過にかんがみ、控訴人黒谷の被控訴人に対する所有権移転登記手続義務も履行不能に帰したと認めざるをえない。

3  よつて、被控訴人の控訴人らに対する主位的登記請求はいずれも理由がなく失当である。

三  次に被控訴人の主位的請求中の控訴会社に対する土地明渡請求及び損害賠償請求の当否につき判断する。

1  被控訴人は、控訴会社に対し本件溜池の所有権を主張しえないことは前叙のとおりであつて、所有権に基づく本件溜池の明渡請求が失当であることは明らかである。

2  前記の事実及び弁論の全趣旨を総合すると、控訴会社は、昭和四六年二月一〇日ごろ本件溜池の占有を始めたが、同四八年に完工した夢野団地造成工事によつて本件溜池は宅地、道路、法敷に変換されたこと、その道路部分は神戸市道として認定を受け、同五〇年二月一二日から供用開始され、神戸市が占有・管理するところとなり、宅地部分は控訴会社が遅くとも当審の口頭弁論終結日である昭和五三年一二月九日までに第三者へその占有を移転し、結局控訴会社は造成前の本件溜池に該当する土地部分に対する占有を喪失したことが認められ、この認定に反する証拠はない。してみると、占有権に基づく明渡請求も理由なく、失当というほかない(控訴会社の予備的反訴請求については判断しない。)。

3  被控訴人の損害賠償請求について、控訴会社は、同請求は本件溜池の占有回収の訴の内容をなすもので、民法二〇一条三項の適用があつて、本訴は失当であると主張するが、前記の事実によれば、被控訴人が本件溜池の占有を失つたのは昭和四六年二月一〇日ごろであり、本訴はその一年以内である同四七年二月一日に提起されたことは本件記録上明らかであつて、控訴会社の右主張は採用しない。

前記事実によると、控訴会社は、本件溜池に対する占有を有していなかつたのにこれを占有していると主張、立証(虚偽の事実の疎明)をし、仮処分決定を得、違法に被控訴人の占有を排除し、これによつて被控訴人に精神的損害を加えたと認めるべきで、控訴会社は昭和四六年二月一六日以降は被控訴人に対し登記を備えた所有者として本件溜池の明渡請求をなしうる立場に立つたのではあるが、これを損害賠償額の算定に当つてしんしやくすべき事由とみうるのはともかく、控訴会社の不法行為の成否を左右するとはいえない。右のほか本件記録に現われた事情をしんしやくすると、被控訴人の精神的損害に対する慰藉料は一〇万円と認めるのが相当である。

よつて、被控訴人の控訴会社に対する損害賠償(慰藉料)請求は、一〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四七年二月一三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり、その余は失当というべきである。

四  被控訴人の予備的請求の当否について判断する。

1  前記事実によると、控訴人黒谷は被控訴人に本件溜池を売渡し、その所有権移転登記手続をするべき義務があつたのに、これに反し、控訴会社に本件溜池を二重譲渡し、所有権移転登記を経由し、控訴会社に確定的に所有権を取得させ、その反面被控訴人の所有権(対抗力はないが)及び登記名義を得て対抗力を備えるべき利益を喪失させてこれを侵害し、特段の事情が認められない本件では、右侵害によつて本件溜池の時価相当の損害を被らせたというべきである。

しかし、控訴会社は、本件溜池の二重譲渡における後の譲受人で、先行の売買について悪意者ではあつたが、その買受は正当な取引行為の範囲内にあるものとして容認すべきであつて、違法とはいえない。被控訴人は、控訴会社は控訴人黒谷と被控訴人間の売買等に関する事情を充分注意すべき義務があつたと主張するが採用しえない。)

2  そこで、被控訴人の損害額について検討する。

前記の事実に前掲甲第七、第三二、第三四号証、乙第一五号証、原審の被控訴人本人尋問の結果(第一回)、原審の辻正一の鑑定結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は昭和二四年五月に控訴人黒谷から畑地及び本件溜池を買受け、畑地上に居宅を建築して家人らと居住し、本件溜池を菜園、物干場等として使用してきたこと、昭和四五年六月本件溜池につき控訴会社から造成の申込を受けたが、畑地に稲荷を祀つていて、その隣地の本件溜池を造成するのは好ましくないと考えこれを拒絶したが、同四七年四月ごろ家人らと芦屋市内へ転居し、同年八月一八日畑地及び地上の居宅を第三者に譲渡したこと、本件溜池の公簿面積は四六九平方メートルであるが、被控訴人が控訴人黒谷から現場で指示を受けて買受けた土地の面積は四五九・八二平方メートルであること、造成前の状態での本件溜池の時価は、昭和四六年二月一日当時で五三二万九五九七円、同年三月一日当時で五四〇万九九九三円、同四八年三月一日当時で七七八万二六二五円、したがつて、同四六年二月一六日当時で五三七万五五三七円、同四七年八月一八日当時で七二五万四七一四円であること(前記鑑定は基本的には合理的なものとしてこれを基礎としうべきもので、本件溜池の面積を四五九・八二平方メートルとしてその数値を修正した。昭和四六年二月一六日、同四七年八月一八日当時の各時価は、同四六年二月一日から同年三月一日まで、同四六年三月一日から同四八年三月一日までの地価上昇率は特段の事情がないので、いずれもこれを一定とみて算出した。)、本件溜池付近の土地の価格は昭和四〇年代初めから騰貴する傾向にあり、同四五年から控訴会社によつて滝谷町一ないし三丁目の山林約四万坪が造成されるに至つてその傾向が顕著となつたこと、控訴人黒谷においても本件溜池付近の状況、造成工事の内容を知つており、その完了後は造成区域内はもとより区域外の土地についても相当な価格騰貴のあることを予見しており、本件溜池につき右の程度の時価の上昇はこれを予見しうべきであつたこと、以上の事実を認めることができ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。本件溜池の時価につき、被控訴人の主張に沿う甲第三七号証は、本件溜池が大規模な宅地造成区域内の一区画を占める土地と同一の条件で評価を行なつており、造成費用、環境条件の相違を考慮していない点で合理性を欠き採用し難い。前掲北野、藤田の各証言によつて成立を認めうる乙第八、第九号証及び右各証言は、本件溜池の面積についての右認定を動かすに足りず、被控訴人が本件溜池の一部の所有権を喪失したとの事実をも認めるに足りない。

ところで、不動産の所有者がその所有権を侵害した不法行為者に対し損害賠償請求しうる額は侵害時の目的物の時価であることを原則とするが、目的物の時価が騰貴しつつあつて、これを不法行為者が知り又は知りうべきであつた場合は、所有者が当該不動産を他に処分したであろうと予想される時までに騰貴した時価を基礎として算定した金額による損害賠償をしうると解すべきである。これを本件についてみると、被控訴人は前記のように芦屋市内に転居し他の不動産を処分したとき、すなわち前記昭和四七年八月一八日に本件溜池をも処分したものと推認することができるのであつて、被控訴人は控訴人黒谷に対し右昭和四七年八月一八日当時(以下基準時という。)の本件溜池の時価、すなわち七二五万四七一四円を基礎として算定した額の損害賠償請求をしうるというべきである。本件溜池の昭和四八年三月一日当時の時価七七八万二六二五円を前提とし、前掲甲第三七号証によつて認められる地価上昇率(同四八年三月三一日から同五〇年三月一日までは約四四パーセント、同五〇年三月一日から同五三年六月一日までは約一二パーセント)を用いて、同四八年以降の本件溜池の時価を算定すると、同五〇年三月一日当時で一一二〇万六九八〇円、同五三年三月一日当時で一二五五万一八一七円となるが、控訴人黒谷が本件溜池の時価が昭和四八年以降右のように異常に高額なものとなることまでを予見しえたと認むべき証拠はない。ところで、被控訴人が前記のように本件不法行為後の基準時の本件溜池の時価を基礎とする損害額を請求しうるとする根拠は、被控訴人は本件不法行為がなければそれ以後においては前記価額の本件溜池を保有しえた筈であるとの事実にあるというべきであるから、被控訴人の損害額は、基準時の本件溜池の時価を不法行為時すなわち所有権移転登記手続のなされた昭和四六年二月一六日の現価に引き直した額とするのが妥当である。そこで、不法行為時から基準時までの一九か月間の中間利息の控除について、計算上は不法行為時の時価に対して年五分の割合による損害金が発生すると考えて(したがつて基準時の時価から年五分の割合で一九か月分の中間利息を控除すると、控除しすぎることになる。)、右現価額が不法行為時の時価を超える部分の一九か月間の中間利息額が基準時の時価から現価額を控除した額と同額になるよう、一九か月間の中間利息を年五分の割合で算出すべきである。そうすると、本件溜池の不法行為時の現価は別紙計算書記載の算式によつて七一一万六六七四円と算定しうる。

控訴人黒谷は、被控訴人は本件溜池についての所有権移転登記手続を怠つていたがため、損害を被つたから、その損害賠償額の算定につきこれをしんしやくすべきであると主張するが、同控訴人は被控訴人に対する本件溜池の売主として、すなわち登記義務者として(被控訴人は登記権利者である。)所有権移転登記手続をなすべき義務があつたのにこれを怠つたばかりでなく、更に進んで前記不法行為に及んだもので、過失相殺するのは相当と認められない。

よつて、被控訴人の予備的請求は、控訴人に対し七一一万六六七四円及びこれに対する不法行為の日である前記昭和四六年二月一六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり、その余は失当というべきである。

五  以上の次第で、本件控訴及び附帯控訴はいずれも一部理由があり、原判決を主文第一項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦 高山晨 大出晃之)

別紙物件目録<省略>

測量図<省略>

計算書<省略>

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